むしさんすきすき
第35話
「明日を捜せ」
地獄の箱舟・ケンタウルス登場
ケンタウルス・・・・。 その名を聞いただけで「うぷぷ」と微笑んでしまうのはなぜだろう。
選手紹介で、「半神半馬の神の名を持つ」かっこいい名前と書いたが、今はその名を聞くと、顔がほころぶ。
このカブちゃんは変である。もうなんというか、ドジというか、お間抜けというか、とにかくやることなすことなっちょらんというか、「ああ、君は僕がいなくちゃダメになる!!僕が守ってあげるから!!」と叫び、抱きしめてやりたくなるくらいのおっちょこちょいなのだ。
バトル甲虫としては、もちろん全くの失格である。
どうなったらそうなるのか。
虫王での爆笑試合・カブト祭りでのダメダメ試合でいやな予感はしていたが、その予感は予想を超えて当たっていた。
ある日、ケースをのぞいてみると、なにやらケンちゃんが悶絶している。
横になり、転がりながら苦しんでいるのだ。
一体どうしたことか、と見てみると・・・・・。
信じられないことに、左の第一脚のつめと、右の第二脚のつめが、まるでヨーデルを歌うとき、もしくはもみ手をするときのように組み合わさって引っかかったのが取れなくなって、悶絶しているのである。
どうなったらそうなるのか。自分の体だろう!!普通、取れるだろう、簡単に!!
それが1回だけではなく、何回も起きるのだ。
本気ですか・・・。どっかおかしいんじゃないですか・・・。ギャグ漫画でもここまで馬鹿馬鹿しい展開はないぞ。
こんなにドジなのはわしの家のケンちゃんだけか?
いや、そんなことはあるまい。これは「ケンタウルスオオカブト」という種が持つ特性なのではないか。ケンタウルスはみんなドジなのではないか。そんな疑いが色濃く私の胸にもたげてくるのだが、みんなの家のケンちゃんはどうか。
アフリカ大陸最大・最強のオオカブトムシ。
その響きはすばらしい。アフリカ最強カブト・・・・・。それは一応真実ではある。
しかし、実際に他の地域の虫たちと戦わせて見ると、その看板は看板倒れであることにすぐに気付く。
おまえ、ユーモラスなのもほどほどにしろ!!戦いの中に「ほのぼの」とか、「春風駘蕩」とか、「のどかな」とか、そういうものを持ち込むんじゃない!!いいたくなる。
「手ぬるい」という言葉ですらまだ手ぬるいほどの、スキだらけ、手抜かりだらけのファニーでファジーなファイトスタイル。
これは同種間闘争しか想定されていないファイトスタイルである。
えっちらおっちら、ヨタヨタしながらやってきて、頭は下げず、「あれ〜」みたいに首をかしげながら、生ぬるい突きをのんびりペースで繰り出す。しぶとさはあるが、鋭さ皆無なので、ダラダラ流しながら試合をしているように見える。
しかも頭を下げることがないので、めったなことで相手の体の下にツノが入らず、技が決まることはひじょおおおおおおおおおうに、極めて低い確率でしか発生しない。長島一茂の打率のほうがいい。
「怒りの獣神」ということで、必殺技の名前は獣神サンダー・ライガーの幻の必殺技から取り、スターダスト・プレスにした。
これはライガーがまだ若かった頃、当時としては究極の必殺技だった「シューティング・スター・プレス」の上を行く技として開発された技の名前だ。
シューティングスターですら、難易度は高く、「どうみてもこれは仕掛けたライガーのほうが痛いのではないか・・・。」と思わせる変な落ち方をしていたので、さらに危険な「スターダスト」は実戦では一度も使われなかったと記憶している。
ザ・コブラの「スカルドロン・サンダー」、前田日明の「デアポート・スロイダー」、ギロチン・ゴードンの「ギロチン・スラム」などと並んで、真にまぼろしであった必殺技である。
話はまたそれるが、最近ではボブ・サップにこれが多い。
一時、試合のたびに新必殺技を開発してきた時期があった。
「ジャンピング・ビースト」とか。「クライミング・ビースト」とか・・・・。
しかし、なぜかサップは新必殺技を開発してきたときに限って惨敗。これはどういうことか。
しかもその技は毎回出せずじまい。いったいどんな技だったのか。
「というか、そんな怪しい新必殺技を開発する時間があったら、もっと違うことをちゃんとやったほうがよかったのではないか。基本とか。」という意見もあるだろう。それには私は反対である。
新必殺技、それは男の夢!!基本をおろそかにしても追求すべし。
だいたい、サップが勝っている時はみんなでちやほやしたくせに、負けだすとみんなで悪口をいうのはどういうことか。
サップがわれわれに与えてくれた驚き、感動、興奮を忘れたのか。弱くなった今こそ応援したい。
サップよ、今やだれもがお前の弱点を知り、以前のように勝つことは難しくなった。しょっぱい展開に、場内がため息につつまれることもある。しかし、私はお前が与えてくれた夢を、驚きを忘れない。お前が一生懸命やるかぎり、応援し続けてやるぞ。
せこく勝つぐらいなら派手に負けろ。大砲をぶっ放せ。新必殺技をお見舞いしろ。当たらず、弾が切れたら玉砕でいい。
スタミナ配分や、インサイドワーク、テクニックなどということを考えたとき、お前の強さと魅力の半分は失われたのだ。
豪快に行け!!
基本をおろそかにしての必殺技追求。共感を覚える。
私もそのタイプの人間だ。
子供時代、ノックを受ける私を見て、親父は「この子は根本的な考え方が間違っている」と思ったという。
長島茂雄や、野球漫画のキャラクターのように横っ飛びして回転することにのみ力が入っていて、肝心の打球は、ザルのように抜けていく。そこでは、本来の目的である「打球を捕る」ということはもはや失われている。
野球は苦手である。下手なくせに、必殺技追求のほうに力が入る。
「ドカベン」の殿間の「秘打・黒田節」を実行して、鼻血まみれで昏倒する。まじで顔面直撃。
「アストロ球団」のジャコビニ流星打法とコホーテク彗星打法のためのバットを作成し、実戦に投入する。
ジャコビニ流星打法は、ひびの入ったバットで打席に立ち、インパクトの瞬間、粉々に砕けたバットが、まるで流星群のようにボールとともにスタンドに吸い込まれていく美しい必殺技である。
私は先っぽのふたが抜けたバットの空洞部にゴミや砂利をつめ、ゆるくふたをしたバットを使うことでそれを再現しようとした。
もちろんみんなはいやな顔である。
東海高校・雲竜の片手打ち、甲府高校・賀間の砲丸投げ投法、クリーンハイスクールの影丸の背負い投げ投法、侍ジャイアンツ・番場蛮のえびぞりハイジャンプ投法、さわやか万太郎のライバル(名前忘れた)の円月打法・・・・・。
効果はどうか。もちろん普通にやった場合よりさらに悪い結果をもたらす。
下手な上にそんなことばかりやりたがるので、同級生には嫌がられ、野球はもっぱら文句を言わない下級生とした。
高校生になってもそれは止まらない。
しかし、この頃になると、一部実力も伴ってきた。
高校でやった格技の剣道では、佐々木小次郎をイメージした背中に剣を背負ったスタイルと、忍者のように逆手に持ったスタイルで成績を決める採点試合を快勝。なぜかチン毛が頭に生えている天然アフロの級友・タマゲルゲ窪田をつばめ返しで粉砕。先生も叱らず、認めてくれた。
体育のバドミントンもハリケーン・スマッシュとクロスファイヤー・サーブの二大必殺技で、バド部の部員以外にはほぼ全勝。
(先生いわく、「おまえら、兜の声でやられてるんだ!技自体はたいしたことないんだから。気迫でやられてんだ。」とのこと。「もらった!!」「ハリケーン!!」「ウラー!!」「死ねー!!」「クロス・ファイヤー!!」などと技を出すとき叫ぶオレ。薩摩示現流みたいなものか。)
魅せてなんぼ。派手にいけ。ただ勝てばいいってもんじゃない。
K−1ファイターではトルコの鳥人・セルカン・イルマッツが一番好きである。
ああ、またどうでもいい話が長くなってしまった・・・。みんなすまぬ・・・。
ケンタウルスの必殺技・スターダスト・プレスも、本家と同じく幻に近い。
一度アトラスにうまく決まって、一撃で葬った試合があったが、それ以来見ていない。
出してはいる。決まれば威力はある。しかし決まらない。オリンピックのように4年に一度、彦星と織姫の逢瀬のように年に一度、しかも晴れた日限定みたいな、そんな頻度ではないか。
大体、あんな腰高で頭も下げず、適当にツノを突き出して決まるわけがない。
こんなのでやられるのは、同種のケンタウルスくらいのもんだろう。
おや?そうか。これは同種間闘争のみを想定しているのか。と、ハタと気付く。
戦うべき他種のオオカブトはいねえんだな。低い体勢で攻めてくる大型のクワガタもいねえんだな。
このぬるいファイトスタイルも納得。えっちらおっちらやってくる、同種相手ならこれでもいいかもしれん。
東南アジアや南米だったらすぐ駆逐されてしまうだろう。
ケンちゃんがアフリカ出身だったことに感謝。そうでなければ、このかわいいカブトに出会えなかったかもしれない。
価格も結構高いので、バトル用に彼を招聘するのはやめたほうがいいだろう。寿命も短く、フセツも切れやすい。すぐひっくり返る。大食いで、排泄量も多い。角の強度も低いので、事故の可能性も高いと思われる。
しかし、このかわいさ、愛らしさ、いたいけな守ってあげたい感じは、それらすべてを補ってあまりある。
なんでこんなにかわいいのかよ〜。孫という名の宝あ物お〜。という歌があったが、そんな感じだ。
ケースを開けると、こっちにむけてツノを突き上げてくる。
だんだん体勢が高くなる。
そして最後はひっくり返って立ち上がれなくなってもがき苦しみ、「シュー!」とか言って怒るのだ。ソレ、自分で勝手にやったんだろう!!起こしてやると怒り覚めやらず、また転倒。いや〜、困ったもんだ。
食事は反グルメである。
高蛋白とかの高いやつは食わない。
糖分と着色料くらいしか入っていない安いやつは大好き、大喜びでたくさん食べる。
おまえの舌はどうなっているのか。栄養が心配なので、安いやつと高いやつをまぜてやる。
ころっとだまされて、食べてくれる。
ただでさえ弱いのに、我が家のケンちゃんにはフセツ切れがあった。
私はケンちゃんに人工フセツを付ける事にした。
自分の生脚でもからんでしまって取れなくなり、悶絶してしまうケンちゃんだ。はたして人工フセツなどつけていいものか。
人工フセツについては、いずれくわしくレポートする予定だが、まずまずいい感じ、コーカサスやアトラス、スマトラでは十分機能しているといっていいだろう。
アトラスなど、5本もフセツが切れてしまったので、5本義足だが、上手に使って元気に生活、変わらず長生きしている。
5本義足でもバトルもできるのだ。(前より強いかも。)
ただ、バトル以外では止まり木や大型のえさ皿は入れないほうがいいようだ。特に後ろ脚を義足にした場合、引っかかった爪をはがすのに難渋して、ストレスになると思われる。
うまく機能するような爪の角度にしたつもりだが、やはり義足は義足、爪先の微妙なコントロールは難しい。
付けた。机の上はまずまず上手に歩いている。
2日後。義足の爪が折られている・・・・。
3日後。反対側の中脚もフセツがなくなっている。
仕方がないから二本、新しい強化型義足を付けてやる。
その後、一度、義足と本物の脚がからまって怒っている姿を見た。しかも、今度はなぜか中脚と同じ側の後ろ脚がからんでいる。
どうなったらそうなるのか。もちろん他の虫は、義足でもそうはならない。
第20回、21回、22回、23回、24回と本戦トーナメントに出場。
こんなたよりないのに、けっこう勝っている。ドジでまぬけだが、運だけはいいようだ。オレに似ている。
第23回大会、ついにミステリアングラディエーターXが正体を現した。
その正体は不沈艦二世・ギラファっちフォルコメンハイト!!!
先代よりさらにデカい。
その1回戦の相手は、地獄の渡し舟・一人乗り用ノアの箱舟・怒りの獣神・黒い洗濯屋・ケンタウルス!!!
ケンタウルスよ、引き立て役のかませ犬役、ごくろうさん。これからはこのギラファっちフォルコメンハイトの時代だぜ!!
ハッハッハッハッ。燃え上がる若い力を見せてやるぜ!!
勝てる可能性ほぼ0%。
元巨人のトマソンをも軽く上回る空振り量産機・黒い扇風機のケンちゃんの、幻の流星爆弾スターダストプレスが決まる可能性はまずゼロ。
もうひとつの必殺技・獣神掌底風車・ケンタウルス・ギャロップは出たのを見たことがない。(たぶん中脚が欠けていたため、出すに出せなかったのだろう。)
新必殺技・ひとり亀甲縛りは自分に対する必殺技だ。
もうひとつの新必殺技・リバース・サンセットフィリップもまた、うしろに回転しながらひっくり返る自爆技なので使えない。
四面楚歌。
ケンちゃん、かませに使ってすまん!!まあ、ここですこっとやられて、あとはゆっくりしていてくれ。
と、思いきや・・・・・。
・・・・ケンちゃん勝利。あー・・・・・・。
・・・・・・・なんかこうゆうのもつの三郎で慣れたな・・・・・・・。
なぜかギラファっちフォルコメンハイトに勝ってしまい、今大会のテーマのひとつを軽やかに消滅させるケンちゃん。
まったく憎くはない。
ケンちゃんよ。バトルインセクトとしては全く見所なしのおまえだが、オレはおまえが大好きになってしまったようだ。
オレはおまえが死んでしまう日が怖い。
(なんて書いているうちに本日ケンちゃんが危篤状態に・・・・・。逝かないでケン!!泣)
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か愛してしまう。守ってあげたい。それが原動力だったに違いない。
ケンちゃんも同じような魅力がある。
ケンちゃんよ、おまえは私にとってモー虫の堀ちえみだったのだ。