第33話「光る宇宙」
金色の精密破壊兵器・ミヤマクワガタ登場
虫には感情はないという。痛いとも、嬉しいとも、悲しいとも思わないのだという。
たしかにそうかもしれない。
しかし、私は思う。彼らにも感情はあるのではないかと。
私は一応、生物の大学を出ている。(部活動と麻雀しかしていなかったじゃないか、と言われると何も言えないが。)
笑われるかもしれないが、今、実感としてそう思うのだ。
サボテンは人間の愛情を感じるという。
「愛してるよ」と言われると、電位が激しく変化し、成長も早いのだそうだ。
とある大学教授が飼っていた亀は、家の中で放し飼いになっていて、どんなに遠くにいても教授が「カメ〜!!」と
呼ぶとえっちらえっちらやってくるのだという。
コップの水も、ほめまくるといつまでも腐らず、罵声を浴びせ続けるとすぐに腐るという。
それは不思議なことである。みなさんは似たような経験はないだろうか?
それはその生き物の力ではなく、人間の心の力、祈りの力、愛の力なのかもしれない。と思いつつも、私はクワガタ・
カブトにも心があるような気がしているのだ。
ミヤマクワガタは弱い。我が家にやってきてすぐのミヤマクワガタは、全く外国産に歯が立たない。
大型個体でも全然ダメである。
装甲は薄い、はさむ力は弱い、脚も弱い。見た目は最高にかっこいいが、なかなかはさまず、威嚇ばかりで攻めが遅
い戦闘スタイルも、さらに弱さに拍車をかけている。
子供時代のあこがれのミヤマのあまりの弱さに、私は気が遠くなった。
「こんなに弱いのか・・・・・。」東南アジアのクワガタ黄金地帯にミヤマの仲間が少ないのも無理は無い。
これではヒラタやフタマタ、カルコソマがひしめく中では生きられない。
こりゃあ、トーナメントに出場させるだけ無駄だな・・・・。と思った。
そんなある日、一匹のミヤマが、ギラファに善戦する事件があった。結局は負けたのだが、頑張ったのだ。
私は褒めた。褒めまくってやった。
「よし!!よし!!よくやった!!よく戦った!!かっこよかったぞ!!お前を見直した!!すごかったぞ。」
ユンケルとゼリーをやった。
それまでは、トレーニングでも戦おうとせず、がっかりさせまくっていたミヤマが、その日を境に強くなった。
それがミヤマっちグレートだ。
「グレート、たのむぞ!頑張れよ!」言葉掛けは大事である。不思議なことに、言葉掛けなしでリングに上げるとまず
ダメである。愛情を込めて手の上の彼に言葉を掛け、送り出した時、奇跡のパワーは発揮される。
ラコダールを撃破!ダイオウを粉砕!ブケットを、中歯ギラファを、リノケロスを、しまいにはデカくて強いワラスト
ンをもまともに倒してしまうまでになった。
私は、他のミヤマもほめてみた。その結果・・・・
ミヤマっちビッグボディが11回大会でベスト8。ジャパングランプリも制覇。
気が弱く、大型なのに最弱といわれたミヤマっちマリポーサは第9回大会でベスト8に進出、この大会の準々決勝で初
代王者セレちゃんとモー虫史上最高・空前の名勝負を演じる。(勝負は9割9分勝っていたが、最後に大逆転された。あれ
以上に面白い戦いは見たことがない。)
7センチを超える大型ながら、11回大会で猛烈な弱さを発揮してがっかりさせたミヤマっちスーパーフェニックスも、
「ほめ後」の12回大会では、国産ノコの政宗号に雪辱、絶好調のラコさまと互角の戦いを演じる。
これはほとんど人間と同じではないか。人間、褒められると能力以上の仕事をするものである。
褒めるとトレーニングにも熱が入る。それまでは、自分のケースのゼリー台の上ですら闘おうとしなかったミヤマたち
が、熱心にトレーニングにはげむようになった。
「おお!!すげえよ!!お前なかなか強えじゃねえか!!」「おお〜!!(パチパチパチ)いいねえ!いいねえ!!強烈
だぜ、それは!」夜中にクワガタに拍手をしながら話し掛ける。そんな私は世間一般から見れば、ズバリ変態か、基地外
である。しかし、それはミヤマ軍団を確実に強くさせた。
普通、戦いを繰り返し、敗北の数が増えると、「負け癖」がついてくる。気弱で消極的になってくるのだ。
技に切れ味がなくなり、はさんでいる時間、攻撃回数も極端に短く、少なくなってくる。
国産カブトムシ、マンディブラリス、アルキデス、ルデキング、ワラストンといった種類にその傾向が顕著に感じられ
る。
しかし、ミヤマは何度負けても、逆にだんだん強くなっていった。
それは愛の力だったのではないか。
その弱さゆえ、手を掛けられ、たくさん話し掛けられ、励まされたからではないか。
ケースを開けられただけで大慌てで遁走しようとし、リングにあがれば即死んだふりで手足を縮めてポタリと何度も落
ち、相手のアゴが触れただけで敗北を認め撤退を開始していたマリポーサ。最後の戦い・アルキデス戦でサイドを攻め
られ、あわや事故、というような挟まれ方をしても、救出されたあと、「まだ負けておらん!!」とばかりに即座に逆襲を
試みようとするまでになった。
ビッグボディも、11回大会の国産オオクワガタ戦で、同じくアゴが体に食い込むような危険な状態になり、すぐ救出
したのだが、ケースに戻ってからも怒り覚めやらず、臨戦態勢で心は全く折れていなかった。
家にやってきてすぐの状態、あの弱いのが本来のミヤマクワガタの実力なのだろう。
かかわりが深まるほどに強くなっていくのはなぜか。
やつらは、愛に応えるのではないか。そう思えてならない。
百獣の王・ライオンは、飼育係が「おまえはイヌ!オレ様はおまえの飼い主!」という態度で飼育するのと、「あなたは
百獣の王でございます。私はその身の回りの世話をする者でございます。」という態度で飼育するのとでは、筋肉の付き方
や寿命が全く違うのだそうである。同じえさを食べていてもだ。
手を掛けられ、ほめられ、はげまされ、負けても「おしかった」「よくやった」「負けたけどかっこよかったぞ」とねぎ
らわれ、ミヤマは自分が愛されていることに気が付いたのではないか。
「そうか。じゃあオレ、ちょっとがんばっちゃおうかな」と思ったのでないか。
非科学的・バカバカしいと自分でも思うが、そう感じたのだ。
そんなグレートも、マリポーサも、今はもういない。
9月になり、秋風が部屋に吹き込む季節だ。
とりわけ寿命の短いミヤマクワガタはもう天へ帰らねばならない時期がきているのだ。
不思議なことに、彼らは、忙しくてケースを覗けなかった日に死んでいる。ゼリーや水分は十分にあっても、その日を
選んで死んでいくのだ。
ビッグボディも死にそうになったが、「うわー!!ビッグボディがああああ!!しっかりしろ!!しっかりしろ!!しぬ
な!!ダメだ!!」と助け起こし、ユンケル投与。そしたら次の日には復活した。
「看病が効いた・・・」と妻もびっくりしていた。
グレートも、マリポーサも、もしかしてあの日ケースを覗いていたら、助け起こしていたら、「やっぱ死ぬのやめとこう
かな〜」と復活してくれたのかもしれない。残念でならない。
さようなら。グレート。マリポーサ。近いうちにビッグボディも、スーパーフェニックスも去っていくのだろう。
ありがとう。オレはおまえたちのおかげで、もっとクワガタが好きになった。
死んだ魂はどこへ行くのだろう。
もし輪廻というものが本当にあるのなら、またおまえたちに会いたいと思う。
大好きだったぞ。本当に。
ありがとう、さようなら。