第9話「栄光は誰のために」
フローレンスの不沈艦
ギラファノコギリクワガタ登場
今日の夜、(11月某日)ギラファっちは天国へ旅立った。
午前中に、弱っていたギラファにポカリスエットを数滴飲ませたのがいけなかったのか、午後には危篤に陥り、体が動かなくなった。
本にアイソトニック飲料はいいと書いてあったんだが・・・・。
手のひらに載せ、なでると、口ひげだけが動く。
そんなことはないのだろうが、何か話しているようでもある。
私の目から、涙が一筋流れる。
私は涙もろい方だが、去年までは、飼っている虫が死んで涙が出ることはなかった。
長女が幼稚園時代、夏の終わりにカブたちが次々にこの世を去る際、1匹死ぬたびに大泣きし、3日連続で死者が出たときは3日連続で泣いて、幼稚園の先生も私も妻も、そんな娘を見て笑ったものだ。
「虫だから死ぬんだってば。夏が終わったら死ぬの!!」そういう風にいって聞かせたことを思い出す。
私にはギラファが、「サヨナラ」と言っているようにどうしても見える。
お前はこのまま、オレの手のひらの上で死にたいか。
オレはギラファを手で暖める。
ギラファの目は元気だったときと同じように、黒々としてこっちを見ている。
お前、まだ生きているんだな。
ここでユンケルを投与すれば、その状態でしばらくは生きる。
けれど、それはお前の苦しみを引き伸ばすだけだからしない。
このまま、お前が完全に死ぬまで、暖めていたい。が、所詮、オレは人間だから、お前にとってそれはありがた迷惑だろう。
ゼリーを食べろ。大好きなゼリーの上で、天国の迎えが来るのを待つのがいいだろう。
ギラファよ。オレはお前と別れるのが本当につらいぞ。
予感はしていたが、この日が来るのが怖かった。
ミヤマっちグレートが、トカラっちがこの世を去ったときも感じた、この感覚はなんだろう?
なんか、鼻の奥で、なつかしいような、切ないような、雨が降る夜の観光地のにおいがする。
ギラファが好きか?という問いは愚問だ。
超好きだ。
今年の夏のはじめ、このギラファと出会わなかったならば、モー虫もなかったかもしれない。
当時の私の感覚では「高い」虫だったが、もう一目見て、「買う!!」と決めた。
こいつは本当に魅力的な虫だ。
巨大なアリジゴクのような異様なフォルム。異常に長く、まがまがしく、それでいて優雅な大アゴ。
このアゴは見掛け倒しではない。
「なんで先が開いてんの?」と、飼う前は不思議に思っていた大アゴの先は、ロングレンジの戦いに大きな効力を発揮する。
各大会の写真を見てもらえば分かるが、あの形は、敵を挟みこみ持ち上げるのに適している。
すっぽりと、あの先の輪になっている部分で締め付けて、高々と持ち上げるのだ。
甲虫絞首刑・ハングマンズ・ホールド。
あそこで挟まれたら、相手の武器はギラファに届かない。
また、巨大なフタマタに対しては、相手の挟む力を逆に利用して締め付ける、悪魔の昆虫組体操・アントライオンズ・キャリーをお見舞いすることができる。
そして、ショートレンジの闘い用の武器として、破壊力抜群の第一内歯・地獄のくるみ割り人形・タスク・クラッシャーがある。
その威力はミヤマクワガタを真っ二つにし、ノコギリクワガタやカブトムシのツノを本当にへし折ってしまう。
気性も好戦的、動きも巨体に似合わず速い。
パワーもあるが、残念ながらヒラタやオオクワガタほどではない。
あきらめも早く、こりゃ手強い、となると、決定的なダメージをこうむってもいないのに、撤退をはじめる傾向がある。
格下に滅法強く、格上に弱いので、対戦した相手が何かでギラファの強さの印象は大きく異なる。
掲示板などで「凄く強い」と「弱え〜」とに意見が分かれるのも、そこに原因があるだろう。
目は最高にかわいい。大きくて、丸くて、前方から装甲のエッジが目の途中まで伸びている。それがまたかわいい。
しかも、これだけ強い虫なのに、人にやさしい。
ヒラタのように、人を襲うことはなく、非常に友好的で、手に乗せても大丈夫。
ストローでユンケルを与えたい虫ナンバーワンだ。
かっこいいのだが、どこかユーモラスで、対RCコーカサス戦など、本当にかわいくて笑ってしまう。
そんなお前は今日、逝ってしまうのか。
ちょっと早すぎるんじゃないか・・・・・・。オレ、さみしいよ。
この感覚、このなつかしいにおいはアレだ。
好きなおんなと別れる時のにおいだ。
好きなんだが別れねばならないときもある。
私は相手が嫌いになって別れたことはない。
そんなときに鼻の奥からこのにおいがするのだ。
マイナーな曲なのでみんな知っているかどうか分からないが、稲垣潤一の「雨のリグレット」という曲と、PANTAの「霧の中の恋人たち」「涙のサンセット」という曲が私の三大好きな曲だ。
セピア色の自分の思い出と重なって、雨の夜にオレンジ色の水銀灯を見るような、甘酸っぱい感覚がこみ上げてくるのだ。
若くて今よりさらにバカだった自分が、彼女らにしてあげられなかったこと、果たすことができなかった約束が甦ってくるのだ。
きみによく肩を貸した ここは 貿易埠頭 ビル風のうずまく ところさ だけど 今は 静か
(PANTA「涙のサンセット」の一部分)
おまえのケースの横に、おまえが戦ったリングが静かに転がる。
その角は、削れて丸くなっている。
戦いに勝ったおまえが、勝つたびに削り取ったものだ。
あのパフォーマンスも、今はなつかしい。
ギラファよ。お前はオレの恋人だったのだ。
お前と始まった今年のモー虫が、お前がいなくなることで幕を閉じる。
お前がはっきりと衰えを見せた18回大会で、オレはなぜかもう、トーナメントを行なう気がなくなってしまった。
もはや見たいカードもなくなってしまったからでもあるが、お前が力を失って惨敗するのを見たくなかったこともあるように思う。
漠然と、「ギラファが死んだら今年の戦いも終わりにしよう」と前々から思っていた。
お前は黒いなきがらになってしまった。
しかし、お前はオレの心の中でいつまでも生きる。
生き生きと敵を蹴散らす姿。ハッスルして産卵木のリングを破壊しまくる姿。斜め上を見て、ストローからユンケルを飲む姿。
お前が我が家に来た日は、物凄く暑かった。
お前が去るこの日は寒く、外には冷たい雨が降っている。
雨の夜、オレはお前を思い出すだろう。
オレのために50戦以上も戦って、素晴らしい勝負を見せてくれたお前を。
モー虫を見に来てくれるたくさんの人の記憶にも、お前の勇姿は残るだろう。
お前はオレのHPの中に、人々の心の中に、永遠に生き続けるだろう。
オレはバカだが、虫のために涙してくれる主人はなかなかいないだろう。
天国にいくおまえは、そんなオレを見て、オレの家に来てよかった、と思って逝ってくれるだろうか。