第38話 「勇気ある戦い」

 

 

暗黒大陸の熱い風・タランドゥス登場

 

 

 さよならタランドゥス。

 

 死んだわけではない。

 

 私の不注意でアゴが折れてしまったのだ。

 

 馬鹿げた顛末だった。

 31回大会のさなか、順調にベスト8に進出したタラちゃんを移動させるため、手に乗せた。

 背中をつまんで引っ張れば、ふせつ&ツメにダメージが出る可能性がある。

 

 それがいやなので、私は、背中をつまむとともに、お尻から腹に指を入れ、手に止まらせることで移動を行う。

 そこで親指で背中を押さえればOKだ。

 

 しかし、タランドゥスやアロエウス、ティティウスやインターメディアなどのしがみつく力が異様に強い種類は、手から移動してくれないときがある。

 もっと最悪だと、手に止まったまま指をガブー!!と挟むことがある。

 

 

 

 パラワンなんかは頭がよく、その上非情なので、「これ、指でしょ?コレ、挟むと痛いんだよね?」みたいに狙ってくる。

 

 この日のタラちゃんも力が強く、勝利直後のため興奮状態であった。

 

 タラちゃんに挟まれてもたいしたことはない。

 しかし、念のため、歯ブラシを噛ませておこうとした。

 

 噛ませて、リングに移すため、タラちゃんの上体を起こそうと、歯ブラシをこじってしまったのだ。

 

 大した力ではなかった。

 だが、梃子の原理が働いたのか、長年の戦いの歴史がダメージを蓄積させていたのか、簡単にタラちゃんの右アゴがポキッといってしまった。

 

 「え!!?」そ、そんな馬鹿な!!

 根元からだ。

 

 中が空洞ではなく、硬質なタランドゥスのアゴ。そんな・・・。案外もろいのか。

レンガか、炭のような断面だったが、たぶん、硬い分しなったりしない上に、特殊な形状で一部分が細くくびれているため、限界を超えると簡単にポキッといってしまうのだろう。

 

 

 

 タランドゥスよ・・・・・。

 

 私は今、抜け殻のようだ。

 

 何もする気が起きない。

 

 車を運転していても、考えるのはお前のことばかりだ。

 

 あの時、なぜ、あんなことをしてしまったのか。

 

 ドラえもんが欲しい。

 

 

 

 ヒルスちゃんのツノ先が折れたのとはわけが違う。

 

 根元から折れたのだ。サイボーグ化も不可能だ。

 

 

 おまえほどの猛虫が、もう戦えないのだ。

 

 

 ヒルスの時はホーペイの刑に自分を処したが、今回はどう罰を与えていいのかすらも分からない。

 

 

 もし自分の右腕が、根元からなくなったらどうか。

 

 もはや柔道やプロレスはもちろん、空手やキックボクシングでまともに戦うことも無理だろう。

 

 

 

 タラちゃんをただながめて過ごす。

 

 おまえは顎が折れてしまったことに気づいているか。

 

 どうも気付いていないようだ。

 

 全く普段と変わらないように見える。

 

 ブイイイイイン。ブイイイイイン。と体を震わして、戦いに挑む際の儀式を行う。

 

 普通に餌を食べる。落ち着いた様子でちょろちょろ散歩する。

 

 

 神経が太いのか。

 人間(昆虫)のスケールが大きいのか。

 

 はたまた賢さ23のなせる技か。

 

 これはどう見ても、気付いていない。

 

 

 なんでよりによってお前の顎が折れなければならないのか。

 

 いつもと変わらない行動で愛嬌を振りまくタランドゥスの姿が涙でにじむ。

 悪かった・・・・。本当にすまぬ・・・。

 

 

 

 

 

 義顎はムリだ。

 ねじでボルトオンすれば可能性はあるが、それは手術のときかわいそうだし、なによりも危険だ。

 

 

 どうしても諦めきれない私は血迷った。

 もしかしたら、戦えるかもしれない。

 

 この特殊な形状の顎なら、根元の第一内歯でつかまえれば、「甲虫監獄固め」インセクト・プリゾナーで相手の動きを止めてしまうことも、そのまま「裁きの斧」トマホーク・クローザーでブン投げることもできる!!

 

 タラちゃんよ、お前、戦えるか?

 

 タラちゃんに聞く。

 

 

 ケースをのぞきこまれ、斜め上を見上げながら、タラちゃんは体を震わせながら頭を上下動させる。

 

 心は折れていない。

 残った1本の顎がケースの面に当たり、「ババババババババ」と今まで聞いたことがないような大きな音を立てる。

 「大地の怒り」ギアナ・インパルスだ。

 

 

 

 初めてお前を我が家に迎えた日を思い出す。

 寒い日だった。

 お前の温度が下がらないように、ジャージに包んでカバンに入れた。

 

私は長らく60ミリ台後半のタランドゥスが欲しかった。

子供おやじ教授のレポートを読んで以来、いつかは招聘しようと考えていたあこがれの虫だった。

 

 

 

「クリスマスプレゼントはなにがいい?」と聞かれると、「(デブ声で)タランドゥしゅ〜!!グルム、タランドゥスと一心同体!タランドゥス、買わない、ユルサナイ!!」

アニメ版ムシキングのグルムの物まねが始まる。

 

最初の数回は受けたのだが、冷たい視線が突き刺さる。

一貫してタランドゥス(こっそり自分でタランドゥスを買った後はアクティオンに変えたが)を主張したせいで、結局クリスマスにはなにも買ってもらえなかったのだが・・・。

 

お前はそんな私の前に、67ミリという絶好のサイズで現れたのだ。

 

 

「アフリカの黒い宝石」。誰が考えたのか、素晴らしいコピーである。

まさにお前はソレだ。

 

高価なお前だが、お前は十二分にその価値がある。

 

 

お前とのバトル生活は本当に楽しかった。

外観はもちろん、バトルスタイルにも抜群の個性があった。

 

戦いの風を感じて、震えるピカピカの宇宙怪獣。

 

ウソではなく、その背景に夜のアフリカの草原が浮んでくるようだ。

嵐や稲妻を呼び寄せようとしているかのようなその姿。

 

 

戦えば強い。

 

デビュー戦は、名勝負製造機・初代セレちゃん。

はじめてみるギアナ・インパルスに驚くセレちゃん。

度肝を抜かれたセレちゃんにいつもの輝きはなく、タランドゥスが勝った。

 

2回戦はあのパラワン。

トマホーク・クローザーで吹き飛ばした。

 

第20回大会二回戦タランドゥスVSパラワン(動画:フィニッシュのみ)

http://www.bannch.com:88/servlet/BBSres/29259/25986449

 

 

 

それまで私は、パラワンが負ける姿を見たことはあっても、完全に吹き飛ばされて飛んでいくのを見たのは初めてだった。

 

 

 

 

 

さらに驚くのは、決して後退しないことだ。

相手がコーカサスだろうと、インターメディアだろうと、ホーペイだろうと、決して後退しない。

本当に勇気に富む、男らしい虫だった。

 

インターメディア戦http://www.bannch.com:88/servlet/BBSres/29259/6008966(序盤戦)

         http://www.bannch.com:88/servlet/BBSres/29259/6010299(激闘中)

         http://www.bannch.com:88/servlet/BBSres/29259/6010495(フィニッシュ)

など、両者の闘志が真っ向ぶつかりあって、激闘を展開、終了後も引き離せないほどの名勝負となった。

 

 

そんなお前を、私が好きにならないわけがない。

 

 

 

そんなある日、転機が訪れる。

 

完全に開花して、危険極まりない存在になった「無敵の甲虫空母」ホーペイとの一戦だ。

 

この試合、甲虫空母の新必殺技・甲虫炉心融解・チャイナ・シンドロームに捕えられたタラちゃんは、頭に穴をあけられてしまう。

 

すぐに止めればよかったのだが、物凄い力で、なかなかブレイクさせることができなかったのだ。「これ以上力を入れて開こうとしたら、ホーペイの顎が折れる」そう感じた私は力いっぱい開くのをためらった。

全試合中、後悔度では1・2を争う試合になった。

 

 

タランドゥスの装甲は極めて強い。

そう簡単には穴が開かず、傷すら付けることができない装甲だ。

 

しかし、裏側は違う。

 

表(上?)は鋼鉄のようでも、裏側は小型のドルクスなみでしかない。

 

 

 

以前、インターと戦ったときにも、裏側に小さな穴が開いたことがあったが、今度は直径0,8mm程度の大きな穴が開いてしまったのだ。

 

 

ゼリー状瞬間接着剤で穴を埋めた。

 

 

 

しかし、タラちゃんはこの日、何かを失ってしまった。

 

パワーを生み出す顎周りの機能か。

いや、それは「誇り」や「自信」と呼ばれるものだったに違いない。

十分に「強豪」とは言える力を維持しつつも、以前ほどの強さは示さなくなってしまった。

 

取りこぼしが出るようになり、変な金星を与えてしまうこともあった。

「撤退」という、信じられない姿を見たのもこの時期である。

 

 

このままフェードアウトしてしまうのか。

と心配させたのだが、タラちゃんは復活する。

 

第23回大会、決勝でコーカサスを引っ剥がし、ブン投げたタラちゃんは初優勝を飾った。

 

第23回大会 決勝戦 コーカサス VS タランドゥス (フィニッシュのみ・動画)

http://www.bannch.com:88/servlet/BBSres/29259/25987603

 

 

 

31回目の今大会でも、タラちゃんは順調に勝ちあがってきていたのだが・・・。

 

 

 

 

そんなお前をこんなつまらない事故で失うなんて、俺には耐えられない。

頭が変になった私は、片顎のタラちゃんをリングに上げる。

お前はまだ戦える!!

まだまだ寿命じゃないだろ?そんなに戦いたがっているじゃないか!!

 

 

黄金仮面・スペクタビリスと戦わせてみる。

これで歯が立たなかったら、あきらめがつく。

 

 

ところが、タラちゃんは勝ってしまう。

インセクト・トーチャーラックで、黄金仮面を引き剥がしてしまう。

信じられん。

 

 

スペクタビリスU VS タランドゥス (動画:この後は、浮き上がった黄金仮面をタラちゃんが揺らす映像が続くのみ)

http://www.bannch.com:88/servlet/BBSres/29259/25988593

 

 

 

 

もっと強い相手でなければ、本当のことは分からない。

 

今大会前後に猛威を奮い、新・ミドルの帝王ともいうべき実力を持つ「暗闇の虎」スマトラUと戦わせてみる。

 

これは自分にあきらめの決断を強いるための儀式でもあった。

タラちゃんはもう戦えない。いや、戦える、戦えてくれ!!

ふたつの心がせめぎあう。

タラちゃん、おまえ自身はどう思うんだ?

 

 

「うんうん」とうなずくようにタテに頭を振る。

 

そうだな。お前が自分で「戦えません」なんていうわけなかったな。

お前はいつでも「戦えるよ。」と答えるやつだった。

 

 

 

こんなことをしていいのか、と思いつつも、対スマトラ戦の幕が開く。

 

 

勝てるわけもない戦いだった。

五体満足であっても、暗闇の虎は恐るべき相手だ。

 

押し込まれるタラちゃん。

当然だろう。リングの端、床まで押し込まれ、後がない。

 

「やはりダメか。」

引退の決心がついた。

 

 

 

しかし。信じられないことが起きる。

 

押し込むスマトラのアゴ先をインセクト・プリゾナーで一瞬ロック。

 

そして・・・・。

頭越しにトマホーク・クローザーが爆発。

 

投げられるスマトラ。

 

逆転勝利。

 

 

スマトラU VS タランドゥス (動画)http://www.bannch.com:88/servlet/BBSres/29259/25989758

 

 

片顎でスマトラに勝つか・・・・・・。

お前は凄いヤツだった。

 

 

 

掲示板で仲間達にいさめられ、なぐさめられ、私はタラちゃんを引退させる決心がついた。

分かってはいた。

でも分かりたくない自分がいたのだ。

 

仲間とはありがたいものだ。

あのまま、片顎のタラちゃんを戦わせ続けていたら、私はモー虫を訪れるひとたちを失望させただろう。

とんでもないDQNだ、と。

 

みんなは私を救ってくれたといえる。

 

 

 

最後、タラちゃんは無敵だった。

トーナメントで2勝。片顎で2勝。そして0敗だ。

 

 

「祈り」は奇跡を呼ぶのかもしれない。

 

 

最後の戦いで、タラちゃんは奇跡を呼んだ。

そう都合よく片顎で勝てるものではない。

偶然、2戦して2勝したのか。

 

いや、それは出来すぎた話だ。

 

 

それはタラちゃんの最後のプレゼントだ。

 

悲しくなっている私に、「オレ、全然平気だよ。ほ〜らね。十分戦えるでしょ?だから元気出して。」と、「あり得ない戦い」を見せてくれたのではないか。

 

お前の顎を折った馬鹿者に、そうまでするお人よしはいない。

それは常識だ。

 

 

「イワンのばか」という話がある。

バカはきれい、バカは美しい。

 

賢さ21のタラちゃんの心は、イワン以上にきれいだろう。

 

顎を折られたことは忘れたよ。

わざとじゃないなら許すよ。

博士はおれのこと、好きなんだろう?

 

だったらおれも好きさ。

 

 

 

許されない失敗をしておきながら、そんなことを妄想する。

 

 

タラちゃんよ。

オレはお前が大好きだった。

 

今ならいくらでも手に乗せられる。

 

 

 

 

何をしても私の罪は消えないが、できる限りお前を可愛がって、少しでも楽しい余生を送れるよう、努力したいと思う。

 

勇敢で、怪力で、かっこよくて、単純で、愛らしかったお前。

 

 

タランドゥスよ。

 

お前の顎が折れたと掲示板に書いたとき、みんなが温かいレスをくれた。

お前はこんなにも愛されていたのだ。

 

お前は期待通り、いや、期待以上の凄いヤツだった。

 

 

 

20年前、アメリカのフロリダ地区に、「マグナムTA」という若いレスラーがいた。

 

若くてイキが良くて、プロレスが上手で、何よりも華やかでスターの雰囲気があり、かっこよかった。

映画だかTVドラマだかの主人公と同じ名の男は、日本のプロレスファンの間でも、「まだ見ぬ強豪」の最右翼にリストアップされていた。

 

しかし、彼が来日してファイトする日は、ついに来なかった。

 

 

交通事故に遭い、再起不能の負傷を負ったのだ。

 

マグナムTAは、ファンの前から去った。

 

 

その後、しばらくして、マグナムTAのための興行が行なわれた。

リングサイドには車椅子のマグナムがいた。

会場は大盛況だった。

 

ファンからも、仲間からも愛されたマグナムTAは、その後も何度か会場に現れたという。

 

再起不能となり、もはやレスラーでもなくなった彼は、それでも声援を受けるスターだったそうだ。

 

 

彼が元気だった頃の記憶が、みんなの中で鮮やかに生きているのだろう。

 

 

 

タランドゥスよ。

惜しまれつつ去るお前は、マグナムTAだ。

 

 

私は、お前のケースを開けるたび、お前の完成しなかった物語の先を思い、胸苦しい思いをするだろう。

 

ブイイイイイン・・・ブイイイイイン・・・とお前が鳴く。

 

 

「いつでも戦えるぜ」と鳴いているのだ。

 

 

許せタランドゥス。戦いの日々は終わったのだ。

 

 

私は今、祭りが終わったかのような虚脱感につつまれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

戻る

 

 

inserted by FC2 system